『マクロ経済学の核心』を読んで
今回は読破した著書の要約コーナーとして、経済学者の飯田泰之先生が書いた『マクロ経済学の核心』についてその概要をまとめてみたいと思います。
この本は経済学、特にマクロ経済学を学んでいくにあたって必須の項目しかないといっても過言ではない一冊でしょう。私はAmazon Unlimitedに加入しているので追加費用なしで読めたのですが、紙媒体で別途購入してもいいなと思えるほどすばらしい内容でした。
これからマクロ経済学を学び始める方にはピッタリだと思います。あるいは少し学習を進めて基本に立ち返りたいときにも有用でしょう。
この本からマクロ経済の扉を叩きましょう!
マクロ経済初学者必読の一冊
本書はマクロ経済学を学び始めてどこから勉強していけばいいのか分からずに悩んでいる方へ特にお勧めしたい一冊となっています。
基本的に理解しやすい平易な文章で書かれていますが、マクロ経済の根幹にかかわる解説にはしっかりとグラフや数式を使って根拠を示しながら解説がすすめられています。
また数式といっても1つずつ丁寧に確認していけば全く問題なくひも解くことができるような内容に調整されていますので、数式に馴染みのない方にも読みやすくなっています。
同じく経済学者の田中秀臣先生も大学の授業ではよく本書を利用されているとXでの投稿を見かけましたが、その理由も納得といった仕上がりです。
マクロ経済分析に必要なデータが分かる
本書ではマクロ経済を分析する上でどのようなデータを見ればいいのかが解説されています。マクロ経済はミクロ経済と違い実際に状況の変化を感じ取ることは難しいため、正しいデータを活用することが肝要だということです。
それではどの数値データを参考にすればマクロ経済の実態により近づくことができるのでしょうか?
それは国民所得勘定、通称「GDP統計」です。
GDPは付加価値の総額
GDP統計は読んで字の如くGDPの大きさや推移などを測ったデータのことです。GDPとは「一定期間内に国内で生産された財(モノ)・サービスの付加価値の合計額」のことです。
よく日本のGDPは〇〇兆円といったりしますが、これは直近の集計が終わった年度の値を言っていることが多いですね。
ちなみに23年度の日本のGDPは596兆円です。この年度内に596兆円分の付加価値が創出されたということです。
本書はまずこの付加価値とは何かについての解説からスタートします。
付加価値はざっくりいうと原材料からさらに新しい価値を足された部分のことです。粗利と言えばわかりやすいですね。
この付加価値の理解は現代経済学を学ぶ上で必須の考え方なので、しっかりと押さえておきたいところです。
経済学史も学べる
この章では付加価値に関する説明はもちろんですが、なぜ付加価値が重要視されているのかについても言及している点が素晴らしいです。
経済学が興って以来、何が価値あるものなのかという議論が絶えることはありませんでした。ある時は奢侈品(ぜいたく品)、またある時は米が価値あるものとされていました。実に多様ですね。
このような様々な価値に関する議論の中で、現代の経済学は価値の捉え方を「人による」というあいまいな定義づけで落ち着いています。誰かが良いと思ったらそれは良いとする、これが現代の価値の考え方なのです。
単純に「GDPとはある会計期間内に生み出された付加価値の総額のことです。」と言われてもピンと来ず、お受験的な学習に終わってしまうでしょう。
一方で、このようにどういった経緯を辿って現在の考え方に至ったかを知ることができれば幾分か腹落ちしやすくなるでしょう。
本書の肝「IS-LM曲線」
マクロ経済の見方、価値に対する考え方の趨勢など経済学という一見つかみどころのない学問のもやを晴らしていきつつ、後半はマクロ経済分析の中核IS-LM曲線分析へと移っていきます。
IS-LM曲線とは利子率とGDPの関係性を表した曲線です。その地域における財市場(IS曲線)と貨幣市場(LM曲線)の均衡点を求めて、望ましい利子率とGDPの組み合わせを導くのが目的です。
このIS-LM曲線分析は経済政策の根拠にもなりうるという点で非常に重要な分析です。
IS-LM曲線を使うことで強引に利子率を下げるとどうなるのかであったり、政府が財政出動すると何が起きるのかなどを説明することができます。
それではIS曲線、LM曲線、そしてこの2つを統合したIS-LM曲線についてみていきましょう。
IS曲線(財市場)
まずはIS曲線です。IS曲線は財市場、つまりモノ・サービスの売買が行われる市場です。この市場では利子率が下がれば下がるほどGDPは増大していきます。
これは実際の企業を想像すれば分かりやすいですね。利子率が低ければ、企業は銀行からお金を借りやすくなるので投資を積極的に行うことができます。その結果生産物は増える、GDPが増加するということになります。したがってIS曲線は右下がりの減少関数として描くことができるのです。
この投資増からの生産拡大の流れはモノ・サービスの側面からの分析です。この動きを貨幣市場ではどのように見えるのでしょうか?
貨幣市場では、生産拡大によって取引が増えた結果、貨幣需要が拡大したと捉えることができるのです。
このグラフは現時点においてトータルの貨幣量は一定としています。総量は変わらないが需要が増えたとき、貨幣市場ではどのような動きになるのでしょうか。LM曲線ではこのような状況を説明することができます。
LM曲線(貨幣市場)
それでは貨幣市場における利子率とGDPの関係を表すLM曲線についてみていきます。グラフは以下の通りに描けます。
LM曲線では、IS曲線と異なり右上がりの増加関数となります。
これはGDP増加つまり取引動機の拡大により貨幣需要が高まった結果、その分利子率が上昇するということになります。
現在想定している市場ではお金の総量は変化しないことを想定していますので、需要の変動は利子率が吸収するのです。
IS-LM曲線(均衡点の特定)
さて、ここまで財市場と貨幣市場という2つの異なる市場を同一の軸内で見てまいりました。これら2つを1つのグラフ内に収めると以下のようになります。ここからがホンマルです。
増加関数と減少関数の組み合わせですから、当然図のように2つのグラフが重なり合う均衡点が出現しますね。
この均衡点がお金の貸し借りを行う市場も、モノ・サービスの生産を行う市場も納得できるポイントということになります。
経済市場はこのように需要の変動によってこのグラフが対応することで常に均衡点に戻ろうとする作用が働きます。
それでは次に、このIS-LM曲線をどのように活用していけばいいのかについて考えていきたいと思います。
今回は例として財政出動をした時のIS-LM曲線の動きについてみていきます。財政出動の是非はよくテレビなどメディアで取りざたされていますが、IS-LM曲線上ではどのような動きをするのでしょうか?
財政支出はIS曲線を右方シフトさせる
それでは財政支出が市場にもたらす影響についてみていきます。図のように現在市場は交点Eで均衡しているとします。この状況で財政支出を行うとどうなるのでしょうか?
IS曲線で描かれる財市場においてGDPは消費、投資、政府支出、そして輸出入の差である経常収支の合計によって求めることができます。
このうち財政支出のみ増加した場合、財市場を押し上げる効果があります。IS曲線を右方へシフトさせます。結果として実線で描かれて位置までIS曲線が移動しました(IS’曲線)。
もし利子率がもともとのi₀の位置のままだとすると、GDPはY₀’まで増加して交点はE’まで移動します。しかしこのE’点はIS-LM曲線における均衡点になっていません。この市場は貨幣量が不変であると仮定しているため、GDPが増えて取引動機が増加した結果、貨幣需要が上昇します。すると貨幣市場は超過需要の状態になります。
超過需要を解消するために、市場は均衡点E*になるまで利子率を高めます。結果的にGDPは当初想定されていたY₀’ではなくY₁まで戻ってしまうのです。
この貨幣需要の高まりによる金利上昇がGDPをかえって押し下げてしまう現象をクラウディングアウトと言います。つまり財政出動だけではその効果は目減りしてしまうのです。
それではどうすればよいのでしょうか。答えは金融政策にあります。
金融緩和で利子率上昇を抑え込む
上がってしまった利子率を下げるには貨幣需要を低下させればよいのです。これには2つ方法があります。1つは取引動機を押し下げる政策をして財市場を縮小させることでIS曲線を左方シフトさせることです。先ほどの逆の動きですね。今回はGDPを拡大することは目的なので、当然選択肢から除外されます。
つまりもう1つの方法が答えになります。それは貨幣量を増大させる金融緩和を実施することです。貨幣量の増加はLM曲線を右方シフトさせることになります(LM’曲線)。
もともとの利子率であるi₀までLM曲線を移動させれば本来求めていたGDP水準であるY₀’まで上昇させることができました。
このことから利子率を上昇させないように、GDPを押し上げるためには金融緩和で利子率を抑えつつ、財政出動によってGDPを増加させる必要があることが分かります。
これが財政支出だけでは不十分と言われるゆえんです。
常にIS-LM曲線を意識する
今回解説したのはIS-LM曲線のほんの1ケースでしかありません。日々の経済ニュースで「これはIS曲線にどう影響があるのだろうか」などと考えてみる癖をつけると、その現象や政策が現在の状況にとって望ましいのか避けたいものなのかが分かるようになるでしょう。
また、今回取り上げた内容は『マクロ経済学の核心』のほんのわずかにすぎません。この記事を読んでマクロ経済の「核心」に触れたいと感じた方はぜひ読んでみてください。
分かりづらくてとっつきにくいマクロ経済の世界の見え方が少しクリアになるかもしれません。
更新日 2024/6/18